Discoverちょいと小噺!武田綾乃著『飛び立つ君の背を見上げる』感想 俺達の夏紀!
武田綾乃著『飛び立つ君の背を見上げる』感想 俺達の夏紀!

武田綾乃著『飛び立つ君の背を見上げる』感想 俺達の夏紀!

Update: 2024-04-19
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ひたすらエモい。


北宇治高校三年、中川夏紀。私は今日、吹奏楽部を引退した――。傘木希美、鎧塚みぞれ、そして吉川優子。四人で過ごした、最高にいとおしくて、最高に誇らしかったあの日々――。「響け! ユーフォニアム」シリーズの人気キャラ・中川夏紀の視点で、 傘木希美、鎧塚みぞれ、そして吉川優子を見た物語。 エモさ全開の青春エンターテインメント。 待望の文庫化です。単行本の初回特典だった、希美視点の「記憶のイルミネーション」も収録。


この4人の代(他にもチューバの二人とか、加部ちゃん先輩とかいたはずなのに、圧倒的にモブ化されてる)は、やはりまた違うエモさがある。


すべてはみんな大好き夏紀先輩のおかげである。未完成な愛おしさを存分に味わいました。


第一話 傘木希美はツキがない。


位置: 429

自分の時間を他人に 盗られるのは嫌だ。だけど、すべての時間を自分に費やし続けるのはどこか 虚しい。


子どもはいいぞ、と言いたい。あたくしにとっては子育てがその最適解だったね、人生において。ただ、この時点の人間には掛ける言葉がない。でも、あたくしも思っていたな。一人旅でも気付いたな。


位置: 682

世の中には、自分がいい方向に進んでいないと耐えられない人間がいる。努力しないことが嫌だ。怠惰に過ごすのが嫌だ。下手なままは嫌だ。このままでは嫌だ。

その思考は間違いなく正しいが、窮屈だ。はみ出る人間が確実に出てくる。努力しないことに耐えられる人間は、耐えられない人間が何を不快に感じているのか理解できない。北宇治の三年生と一年生の隔たりの原因は、きっとここにある。


あたくしはその部分を落語に委ねているんですが、しかしその人間の了見も、またその窮屈さも、ちょっと分かるんだよね。


位置: 930

夏紀は誰かに部活に誘われたからってそう簡単に受け入れるような人間じゃない。それでも希美だったから、その賭けに乗ることにした。相手が、希美だったから。

冷静になんてなれるわけがない。そう言葉にできたらどれほどよかったか。だけど夏紀はそれを口に出したりはしない。八つ当たりで発した言葉たちがこれから先、希美を縛りつけるようなことになったらと想像するとゾッとする。


無自覚なカリスマ、というやつか。それはそれで罪に思われちゃうんだよな。


位置: 977

「先輩らがアイツらを嫌がる気持ちは理解できます。でも、先輩らを信じてた部分を無視するのはあまりにひどいんとちゃいますか。アイツらのやったことと先輩らの仕打ち、全然釣り合ってへんと思うのは間違ってます?」


クールな顔して、情には厚い。損するタイプでもあり、得するタイプでもある。でも、やっぱりみんな好きだよね。損得で動けない人が。


位置: 987

「かわいそうやなぁ。せっかく低音パートの一年は平和やったのに」

一瞬、言われた言葉の意味がわからなかった。どうして夏紀個人の振る舞いに低音パートが出てくるのだろうか。そこまで考えて、唇からぎこちなく吐息が漏れる。

自分はいま、脅されているのだ。


しょーもない脅し。三年もまたセコい手を使う。


位置: 1,027

「最初からそうしてればよかったのに。そういう態度だから中川はみんなから嫌われてるんだよ」

「はぁ、そうですか」

まるで子供の喧嘩みたいだ。低レベルすぎる暴言に、夏紀は鼻白む。背中を丸めた夏紀の肩に手をかけ、あすかがわざとらしい仕草で目を丸くしてみせた。大きく開けた口に手を当て、「おやまあ」と芝居がかった台詞を吐く。

「先輩ってば、そんなふうに自分を卑下しなくていいんですよ!」

「はぁ?」

警戒の色を露骨に濃くし、先輩があすかの顔を見上げる。視線を受け止め、あすかは 胡散 くさい笑みをよりいっそう深くした。

「『私』は嫌い、が正しい日本語でしょうに。でも、自分なんかの台詞じゃ夏紀に届かないと卑下して、主語を『みんな』にしはったんでしょう? 先輩のそういう奥ゆかしいところ、めっちゃ勉強になりますわぁ」

クツクツと喉奥を鳴らすあすかに、周りの人間はすっかり辟易している。とんでもない嫌みだな、とかばわれている夏紀ですらやや引いた。


あすか先輩がこんなに嫌味なのは原作だけ。完璧超人キャラにアニメでは昇華されてるけど、もっと人間臭いのよね。


位置: 1,096

お伺いを立てるように、優子は夏紀の鎖骨辺りを軽くノックした。トントンと柔らかに刻まれたリズムが、夏紀の身体の内側から何かを引きずりだそうとする。

「うちが辞めたら、希美の誘いがなかったことになるやんか」

ずるり。四つに区切られた心臓の小部屋から、無自覚に抱き続けていた本音が漏れた。優子は双眸を目一杯開き、こちらの顔を探るように凝視する。

「なかったことにはならんやろ。ってか、希美は夏紀が部活を辞めても気にしいひんと思うし」

「そういうんじゃなくて、うちが嫌。希美の影響を受けた自分をなくしたくないというか」

「ふうん」

「何」

「いや、似てるところもあるんかもしれんなって」


鎖骨あたりをノック、ってどういうことだろう?仲良くてもそんなことするか?


希美への憧れ、希美の行為への崇拝。一見みっともない行為を、夏紀は優子の前でさらけ出す。ずるり、という効果音もいいね。


第二話 鎧塚みぞれは視野が狭い。


位置: 1,493

「希美はどうですか? あの子は南中では部長でしたし、優子とも付き合い長いですし」

「無理無理。あの子は同じ時間を共有してへんから」

「同じ時間?」

「滝先生が来て、いままでの北宇治の常識が無茶苦茶に破壊されていったあの時間。傘木希美は所詮、軌道に乗ってから戻ってきただけのよそ者よ」


あすか先輩の冷徹なところ。あたくしは原作のも好きだな。所詮よそ者、という言い方もいいね。コンクールは実力主義、でもチーム運営はそうじゃない。


位置: 1,510

「あすか先輩はうちを過大評価しすぎですよ」

「そんなことないよ。うちはアンタをまっとうに評価してる」

ぐっと、喉の奥から妙な音が漏れた。ちょろいと思われたくないのに、それでもこらえきれない喜びが噛み締めた唇からこぼれる。


ずるい女。


第三話 吉川優子は天邪鬼。


位置: 2,177

「香織先輩は相変わらず綺麗で、優しくて。うちが好きな香織先輩のままやったのに。たった一年で、こんなに人間って変わるんやなって」

優子の指先が、弦の上をゆるゆるとたどる。夏紀はギターを軽く持ち上げると、伸ばした脚を組み替えた。 「コンクールに応援に来てくれたけど、見た目もそんな変わってなかったくない?」 「そりゃ香織先輩はずっと見目麗しいけど、そういうことじゃなくて、中身が違ったというかさ。もう高校生じゃなかった。大人やった。それがなんか、寂しいなって」


ちょっと分かるんだよな。高校時代に尖りまくってた先輩が、久しぶりに会ったら普通の大学生になってたときの、ちょっとしたがっかり感。


位置: 2,330

「うちはさ、希美が副部長になればいいと思ったよ、あすか先輩に指名されたとき」

「いや、普通に無理やろ」

「なんで? 希美は有能やんか」

「んー、自分でもそこそこ有能やと思うてるけど、優子が部長やとしたらやっぱり副部長は夏紀以外考えられへん。うちは優子のこと叱ってやれへんし」

「あすか先輩も似たようなこと言うてた」

「やっぱりな」


希美の聡さと、希美の無知さと。両方を描けているから、武田綾乃先生はすごいと思うんですよね。


位置: 2,444

「アホやと思ってるのに、夏紀はそうやって助けてくれるんやもんなぁ」

「あぁ?」

「夏紀がほっといても、うちは多分、一人でなんとかできたよ」

青い風が吹いた。夜の空気をにじませた、冷たい北風。柔らかな優子の髪が大きく翻り、整えられた前髪をぐちゃぐちゃにかき回した。自分の髪が乱れたことに気づき、優子はとっさに髪を手で押さえる。それでもすべて捕まえることなんてできなくて、彼女の指の隙間から、タンパク質でできた細い黒糸が漏れ逃げた。

「やろうな」

かぶったキャップをずり下げ、夏紀は優子の顔をのぞき込む。夏紀の髪はキャップのなかに収まっているから、突風なんかで簡単に乱れたりしないのだ。

「でも、一人でなんとかしてる優子を見るのはムカつくからさ」

「ムカつくって何よ」

「こう……見てるとイライラする」

「そんなこと言うのアンタだけやで」

呆れたような声音のくせに、優子のまなじりは下がっている。軽く突き出された唇はすぐに笑顔へと変形し、大きく開かれた右の手のひらが空気を含んだ夏紀のダウンジャケットをぼすぼすと叩いた。


このあたりは、あんまりよく分からなかった。いいシーンなんだろうけど、あたくしには飲み込めず。イライラする、って言葉が救いになるってこともあるんだな。


位置: 2,477

脳の海馬から、むわりとした熱気が染み出す。皮膚に染みついた 虫除けスプレーの匂い。草むらで鳴り響く虫の鳴き声。薄暗い廊下の先でぽつんと光る、非常口の誘導標式。

これはあのときの記憶だ、と夏紀はすぐにわかった。高校三年生の夏休み中、吹奏楽部が許可をもらって校内で夜まで居残り練習していたときの記憶。


夏の夜のあの熱気。読んでいて、自分の脳内の海馬からも出たわ。


位置: 2,481

その日の優子は、朝から部内の人間関係の調整に神経をすり減らしていた。Aメンバーに選ばれた一年生の不安に寄り添い、顧問の指示に従いたくない三年生の不信に心を砕き、パート内の揉め事で気を荒立てる二年生の不満を受け止めた。昼休みの二年生の相談はとくに長かった。相談会という理由で夏紀と優子と後輩の三人は空き教室で 対峙 したが、話をするのはもっぱら夏紀以外の二人だった。

「いや、そこはアンタも悪いやろ。うちだってそんな言われ方したら腹立てるわ」

「でも、先輩だってひどいんです。『頭冷やしてこい』なんて言い方」

「ちゃんと気持ちを分けて考えなあかん。アンタは何に対して腹を立てたんや? いま、アンタが持ってる怒りのうち、百パーセントがその先輩のせいで生まれたんか?」

「それは、」

「ちゃうやろ。親に進路を反対されてムカついてて、さらに先輩に叱られて爆発したんや。先輩から見たらアンタが八つ当たりしてるように感じるわけよ」

「あれ、私、部長に進路で親と揉めてるって言ったことありましたっけ」

「言わんでも伝わってる。アンタが音大目指して頑張ってることも、楽器を家に持ち帰って毎日練習してることも、全部知ってる。アンタが努力家なところも、とっさのときに上手く自分の気持ちを言葉にできひんことも、誰かを怒らせることに不慣れでいまどうしていいか戸惑ってることもわかってる。全部ひっくるめて、うちはアンタのことを認めてる」

「部長……」

ぐすぐすと鼻をすすり出した後輩の手を、優子が強く握り締める。

「誰かを怒らせても、アンタの居場所はちゃんとあるで」


「おれはおまえを認めている」というフレーズがホモ・サピエンスに有効なのは間違いないね。奇しくもあすか先輩が「うちは正当に評価している」と夏紀に言ったのと同じ。人の承認欲求というのは満たしてあげるに限る。


位置: 2,506

部長である優子と副部長である夏紀の戯れのような言い合いは、場の緊張を緩和するのに明らかに役立っていた。夏紀のそばで好き放題言っているときの優子の態度は、完全無欠な部長が見せるわかりやすい隙だ。そのおかげで、後輩たちは優子のことを怖がりすぎない。隙のある相手に対して、人間は好意と安心を抱きやすい。


人心掌握ですね。ギャップというか。


ただ、それだけじゃない。優子にとっても、夏紀は必要なのだ。


位置: 2,524

『Love, the itch, and a cough cannot be hid』


愛とかゆみと咳は、隠せない という意味ですね。



トーマス・フラーという方、聖職者なんだとか。


位置: 2,536

「ずいぶんピリついてるな」

夏紀の指摘に、優子は射抜くような眼差しをこちらに寄越した。だらりと下がった手の先、ジャージに触れる彼女の人差し指は小刻みに上下を繰り返している。

「まじでどっか行ってくれへんか」

「八つ当たりしたくないから?」

「わかってるんやったら見て見ぬフリする優しさがあってもええと思うねんけど」

「なんでうちが優子に優しくせなあかんの」

「じゃ、ここにいるのは嫌がらせ?」

「そうそう、ただの嫌がらせ」


平然と言ってのける。それに優子が救われる。


位置: 2,691

久美子は泣いていた。あまりにもいとけなく。

「私、感謝してるんです。本当に、夏紀先輩が先輩でよかった」

こぼれ落ちる涙が彼女の頬を濡らしていく。あぁ、きっとこれが正解なんだろうと夏紀は漠然と思った。


後輩としての久美子。正解だ。大正解だよ。


位置: 2,800

ひどくなる嗚咽をこらえようともせず、夏紀はただ泣き続けた。涙の条件は一人になることだったのかと、夏紀はようやく思い知った。


燃え尽き症候群になった、と一人で自覚したとき。張り詰めていたものが解かれるのはその時だったんだね。あたくしも、そういえば風呂場なんかが結構泣きスポットだったなぁ。あれは緩んだときだったからかな。


位置: 3,007

「いくらでも代わりがいるなかで、うちはアンタを選んでこうやって一緒にいるワケ。代わりがないからじゃなくて、代わりがいくらあってもアンタを選ぶ。一緒に音楽やるのも、こうやって過ごすのも、夏紀と一緒がいいよ。それが悪いこととはうちにはどうしても思えへん」


いいセリフ。承認欲求をガン満たし。

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